政治も社会の一部ですから、生活のための仕事と同じです。
何か知らんが疲れ気味。秋だからかしら?もうじき冬眠??…クマ公じゃないっての。麻生さんがらみの記事をいくつか読んだが、アノ人の「おたく」アプローチって、ホントにうまくいってるのか不思議である。どうも胡散臭さが先立つ部分も多いし。まあ現在の有権者層が、いわゆる「ヲタク」世代(さらにその祖父母)だから、それを狙っているとは思うのだが。アノ人にも風当たりがキツイのが気の毒ではある。ホント、やり逃げ総理のせいですよこれは。その前の人も、支持率最低をたたき出したので、その影響もあって、やり逃げの人が際立ったのかも知れないが。
それにしても、昨日も官僚と民主党の会談(年金だったと思う)を見ていたが、官僚がとてものらりくらりとしていたのが腹立たしくもあり、官僚らしいとも思ったり(こっちの方が正解かと)。一方で、民主の山井さんがヒステリックにがなり立てているのを「バカみたい」と思って見ていた。前述のとおり、官僚というのはああいう性質みたいだし、それに対していくら怒ってみても、言うことを聞くはずもないと思う。それをうまく扱うのが政治家のウデなのだが、怒ってばかりでは子供のケンカと変わらない気がする。そう思うと、民主のやっていることがとてもバカバカしく見える。
やはり、変革を求めて「内部から変えていこう」というのは無謀だと考える。その内部に入ってしまうと、変革の中核が簡単に変更できないシステムになっていることがわかり、その理由も知ってしまうからである。結局、内部から変革は出来ず、入ってしまった以上その中核の一部に組み込まれ、結局変革そのものが実現できなくなってしまう。その結果、「政治を変えたい」と挑んだ人も、票集めと資金繰りに勤しんでしまい、腐ったシステムの内部に組み込まれ、抜け出せなくなるのでしょう。理由はこう考える。変革を求めるのが、人の感情から来るのであれば、その変革を阻害するのもまた、人の感情だからである、と。これは特に、仕事に通ずる。私も夢を求めたことがあったが、それを内部から変えていくのは無理だと思ったのが、今の理由です。夢も感情の一端ならば、それに走りすぎてはいけない、としたのがこれです。感情がぶつかって、あとは泥沼化していくだけです。しかも、生活資金を工面するには、結局システムに入るしか無いですから。作るのが自分か他人かの違いだけですよ。世間というのはそういう風にできています。変革を求めるには、結局ゆるやかに変わっていくのを望みつつ、水面下で活動するのが一番良いのでしょう。たまにこうやって、感情をむき出しにするくらいが最適かと。まあわたしも、そんなに頭がよろしくないですから、それほど偉そうには言えませんが、その足りない頭で考えたのが、このくらいですね。仕事を続けるのは難しいですが、新たな仕事を見つけるのもまた難しいです。特に、経済破綻の真っ只中ですから、夢に執着しすぎるのも厄介ですよ。それでダメになると、行き着く末は、想像したくないです。
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