社会

夏休みも終わって、仕事も始まりました。

 おそらくココロさん本の紹介ページから飛んできた人もいると思われるので、まずはよく来てくださいました。紹介ページの説明でまず間違いはないですこのページ。でもそんなに鼻息荒くしているつもりはないのですが。もともと模型が好きで、模型ページをはじめるつもりだったのですが、世の中の流れを模型業界から追っているうちに、今の状態に。でも私は経済評論家でもジャーナリストでも無いです。庶民として思ったことを書いているだけですので、あとの判断はそれぞれに自己責任でお任せしております。だからここで書かれていることは、ほどほどに受けてください。しかし、アクセスワード検索とか見てみると、決してココロさん絡みばかりではないようだ。私自身こういう部分にも気を使っていかないとイカンな。

 さて、どうしたものか。ここ最近は特に目新しいこともない。まだ知人に頼んだコミケの釣果ももらってないし。今回は安上がりに済んだのがありがたい。現在の楽しみは、今週末の「日本SF大会(DAI-KON7)」である。土曜日が特に楽しみだが、見にいけるのかどうか、スケジュールが心配である。ようやく生活が安定するところだし。そのまま安定してくれれば良いのですが、現在のところは何ともいえない。でもコレまでのお仕事量に比べたら、距離が近い分ありがたい。問題なのは契約が継続されるかどうかが心配事。まあやっていくしかあるまい。せっかくだし、この機会に通信教育でも受けたいところだ。雇用形態にこだわって、「仕事=お金のため」というのもつまらんと思うが、それはそれぞれの問題。難しい問題ではあるが、少なくとも現在の労働者世代は、もう戦後の労働基準ではないし、バブル絶頂期でもない。「職業選択の自由」も昔の言葉ではあるが、かといって安定を求めることも出来ない。ならば、方法はどうあれ、やってみたいことを模索し、そのための勉強をしてみたら良いのかも知れない。まあ法に触れるようなことはしないように。

 それはおいといて、今日は「情報ライブ ミヤネ屋」でコスプレ(サミットと思われる)の話題が取り上げられたようだが、見ていないのでわからん。あの番組だから、決して悪くは取らないと思うが。今年の優勝はブラジルに持っていかれてしまったが、日本は大阪ががんばってくれたので、直接見た人間としては、なんとなくウレシイものがある。しかし、なぜ発祥の日本が優勝出来ないのだろうか?いまだ謎である。そもそも開催から数年たってようやく参加できるようになったし。

 さて、あまりしていない「キバ・ゴーオンジャー劇場版」に少し触れましょうか。轟音の方は、元々のお話がちょっと甘い(と思うのは私の個人的感想)部分がある分、ほどほどにしか楽しめないかも知れないが、物語としては、程よく子供向け番組らしく、そういう部分にウェイトを置くと、十分面白いと思う。そもそも、子供向けの番組であって、一部のヲタクのための番組ではないということを忘れちゃいかん。「キバ」の方は、まさかCMの映像や、雑誌の紹介記事の一部(減らされたのはわりと少ないが)が、ディレクターズカットを待たねばならないという、不測!?の事態に。一部のチョイ役もカットされてしまうという結果です。どうカットされたかは、直接見ていただきたい。そのためもあるのか、どうも話にまとまりがないと思うが、それは厳しすぎ!?スピンオフのブロードバンドも、どちらかというとお遊び要素が強いし。まあコレについては、初めての試みであって、出だしとしては良かったのではないか、と思う。まあ好きな人は、自分の好みとかは二の次にして、見てもらいたいところです。それを介入させて作品を見ると、途担に面白くなくなるので。ひとまず、来月以降の映画や物語の流れに注目するとしよう。

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盆休み、映画・光と闇

 さて、いよいよ夏休みも残り少なくなってきましたが、やり残したことは無いか?と前フリしたところで、勝手に書かせていただきます。コミケも今日が最終日というわけですが、向こうの天気は、どうも不穏なようだ。何事も無ければ良いが。それ以外の心配ごとは書かないことにしておきます。まあ今回は参加できなかったが、それは仕方あるまいて。こっちも結局新作が完成できなかったんだし。しかも完成が不可能になってしまいました…。ええ、悔しいですっ!!(`>皿<´)←ホントにこれでいいのか?

 まあそれは次のやつで挽回するとして、せっかくですから昨日は映画を観てまいりました。「キバ・ゴーオンジャー」と「スターウォーズ・クローンウォーズ(先行上映)」を。スターウォーズは、今回CGアニメとして公開。向こうが影響受けたかどうかは別にして、日本人には「アップルシード」の技術が生かされたと説明すればよいのだろうか?でもアメリカのアニメーションだから、カートゥーン(「トムとジェリー」「ポパイ」とかもこの部類)です。日本人には見慣れないところもあるでしょうが、それはそれ。その差異がわからん人は見ないでよろしい。内容としては、以前「クローン・ウォーズ」というタイトルで、スピンオフのカートゥーンがCSで放送されたが、今回の物語も、そのクローン大戦のひとつということらしい。シリーズ中で語られるクローン大戦というのは、どうやら「クローン兵が前線に参加した全ての戦歴をひっくるめた事件」という解釈がよさそうだ。なお、話の内容をバラすヤボなマネはしません。それよりも、エピソード3を地上波でやって欲しいよ。

 「キバ・ゴーオンジャー」は、なかなか予想外の良い出来栄えでした。今回は、声優さんの顔出しがあり、そこでも役者ネタが使われております。恒例のOBチョイ役出演もあり、それも楽しめました。わかる人には抱腹絶倒です。こっちもこらえるのが必死だったり。ちなみに、モモタロスたちの出番は、油断すると見逃してしまうので、要注意です。どのようにネタが展開されたかは、まだバラしません。

 それよりも上映中のマナーの悪さが問題でした。子供が騒がしいのは生理現象として仕方ないとしても、それなりに年を重ねた兄ちゃん姉ちゃんが、いちいちしゃべくっているのがなかなかに厄介。上映前にも注意しているのに、自分に興味ないから我関せずで上映作品を侮辱したりするのは、聞こえてしまうしうっとうしい。「なら聞かなければいい」とか言いそうなものですが、劇場はオッサンのイビキが聞こえるくらいそう広くないし、イスもわりと密接しているんですから、「聞くな」というのがムリあります。それやるくらいなら、見ないほうがいいというものです。名護さんみたく、「DVD買いなさい」といいたくなる。「自分が興味ないから、それ以外では何しても良い」、現代社会の歪んだ個人主義の風潮です。現代のヲタ(10~20代)には、特にこういう感覚が強いです。他人の迷惑がどうのとか、そんなきれいごとまで言うつもりはないにしても、興味ウンヌンは抜きにして楽しみたい人もいるし、自分がされたら逆ギレするくらい怒るものなのですから、せめて立場を変えて考えて欲しいと切に願う。そういえば、こういう感覚も、最近では学校でも教えてくれないようです(学校にもよるが)。親をはじめとした大人も教えないのですから、世の中の流れよりも、人間性の流れをどうにかするのが、昨今の社会的課題でしょう。

 説教くさくなってしまいました。映画のマナーというのは、戦後の日本はもっと騒がしかったという(子供が走り回ったり、大声で遊んだりしていたらしい)し、そのころに比べたらマナーは向上したわけですが、それはそれだけ作品に対する考え方が人々に根付いたということ。それはよいのですが、それと前述のことは別問題でしょう。昔は、制御が利きにくい子供たちだったのが、今や制御が利くべき大人たちが騒がしいのですから、社会全体の幼稚化への危機感です。オラがしっかりせねば、と思いました。

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コミケを前に、アレよコレよと世の中が騒がしい。

 さて、いよいよコミケも近づいてまいりましたが、この前のワンフェスの一件もあり、エスカレーターは一部使えないわ、さらに昨今の事件の影響もあり、手荷物検査も実施されるという。始まるギリギリなのでネットなどで情報告知を、と書いていたから、私も啓発してみました。しかし、これでホントに防げるのか?とも思うし、逆にこれで模倣犯が出てくるのでは?とも考えたが、まあ参加者にも急な話だし、今回は広報に回ります。

 しかし、どうもヲタクバッシングが増えており、何かと気分が悪い。そりゃ乃木坂春香さんも秘密を…ってここで書いちゃバラすようなものですから、あえてこれ以上書かない。イヤバレバレ。聞かなかったことにして。今更な気もしますが、人づてに聞いて、高橋名人(現:専務)の発言を知った。詳しい内容は、http://news.nifty.com/cs/entame/showbizddetail/jcast-24820/1.htm こちらを見てもらうとして、業界に関わるものとしてはやはり気分が悪いことでしょう。そりゃ乃木坂さんも…それはいいって。それよりも、タイトルが「何でもかんでもTVゲームのせいにしやがって」となっていましたが、高橋名人もそんな風に言ってません。思っただけです。言ったように書くのは、それこそヲタクバッシングに取れる。これは反則ですよ。

 さて、一方でこのような記事もあった。表題は「角川のMADアニメ」云々のお話。

http://news.nifty.com/cs/technology/internetdetail/itmns-20080722075/1.htm

 「You Tube」などの二次創作に関わるMADアニメの対談?でしょうか。二次創作の今後とも取れる座談会の記事です。ここに書いてある試みは面白いし、そういう広がり方をしてもいいと思う。というか、海外のMADアニメは主に批評だったりするし、そういう部分をそれなりに評価する流れが日本にあってもいいと思う。…まあ長いので、私も一部しか読んでおりませんが。

 何かと人権問題がどうのとうるさい日本。私もされる側が辛いのはわかるし、そういう他者への風当たりのひどさはなくなって欲しいと思うが、全ての内容を把握せず、一部分だけを取り上げて、何でもかんでも悪く取って、感情的に抑えこむようなヒステリックなマネだけは止めておいたほうがいいと思う。こういう方法に走ってしまうのは、やはり深く追求し、考えるのが面倒という部分もあると取れる。悲しむのも影響受けるのも個人の感情次第。それを他人に力技で理解させようというのは、排斥と変わらないと思うし、そこには互いの人間性が介在していないと思う。相互理解が無いせいで、埋もれてしまった作品も多いのです。

 さて、随分とあらぬ方向に進んだような気がしないでもない。また今度、アニメやゲームの話題でも書くことにしたい。

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何が原因でも、喧嘩両成敗です。責任は双方にあり。

 さすがに1週間も経てば、S.I.C「電王」も捌けているわな。やっと市場もクライマックスです。とりあえず次の商品の布石となるユーザーは釣れたかな?でも次買うときは苦戦すると思う。泣けるでぇ!!

 そして、ついでに言っておく!俺がオタクっぽく見えるからって、ギャラリーのビラを、受け取ったうえでン十万もするリトグラフを買うことを前提に、「ありがとうございます」って言われて渡されても困ります!!「オタクは騙されて当然!!」なんて思われても困る!!確かに騙されたことはあったが・・・。まあだから今は騙されないのだが。いやホント、絵の交渉なんて、やるモンじゃありませんよ。長時間拘束されますから。でも、悪質な業者ばかりではないので、ちゃんと断れば問題ありません。1時間以内に「NO」と言ってしまえば大かた大丈夫です。気をつけましょう。

 さて、昨日は俺も行けなかったワンフェス。開始早々エスカレーターにトラブルが。ケガした人が、悪意ある人(転売だけを目的とした徹夜組)でなければ、心配します。わりとオニですね俺も。今日もいろいろなところで言われていましたよヲタのマナーの悪さが。みんなパンフに書いてある規定を守っているというのに、守らない方々のせいで悪く言われてしまう。でも一方的に悪く言うコメントばかりでもないかも。コミケの時にどう影響するのか。

 少なくとも、企業ブース(コミケでの名称で括らせてもらった)の「限定品配布・販売」の制度をなくせば、こういう事故はほぼ確実になくなるでしょう。企業がこういう飢餓感を植えつける上に、マスコミとかも宣伝文句で煽ったりして、しかも「(偏った)個人主義」を蔓延させたから、考えれば分かることも感情でごり押しする、卑怯未練恥知らずな人が増えてしまったのですから、イベントそのものを悪く語って欲しくないものです。もともとああいったイベントは、個人の趣味で創作活動をしていたオタク人種が、元々少なかった同好の士と交流するために行われていたものです。本来企業が入り込む余地はなかったのですから、オタクもいいように踊らされてしまったわけですね。私もその流れに飲まれ、「(偏った)個人主義」を正当論だと植えつけられた側の人物ですから、あまり偉そうなことは言えた義理ではないのですが、現状は違うかたちでオタクが蹂躙されている状態だと思うので、考えすぎとは思いつつもこういう解釈に。

 要は、コミケの時にはまた違ったかたちで、悪者扱いされるかも知れないということです。また20年前のような扱いを受けるのかも。今度ばかりは、現代社会の「自分は違う」という逃げ口上は通じないだろうよ。でもそれは、企業が「限定品」とかバラ撒くから起こるのだから(それにノセられる人がいることがそもそもの原因だが)、そっちの方を攻めて欲しいと思うのは俺だけか?むしろノセられる人の方をマスコミが悪く語りそうですが。だって、オタク以外の社会にすれば、「萌え」とか言う人も腐女子もパソコン好きも車好き(痛車もカスタム車もデチューン車もひっくるめて)もアニメ好きも特撮好きも、同じヲタですから。他人のアラ探しばかりしている場合ではないですよ。政治もそうですが、集団が利益を得るために団結する必要性もあるのかも。ただし政治の場合は、党内の投票数のためではなく国民の尊厳と国益のために。そしてヲタも、どうあっても同類にしか成りえないオタクの尊厳のために団結する必要ができています多分。個人も団体も尊厳は使いよう、必要もあれば、利害を超えて協力も必要ですね。

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三次元的オタク産業も、風前の灯火!?

 今日は東京でワンフェスが開催中です。…おまえらはいいよなぁ、とかいきなり地獄兄弟(平成ライダーのカブト)の精神テンションで始まってもよくないだろ。今回の関智一の作品は「ガンバロン(1977)」。相変わらずの絶妙なチョイスだ。でも大阪では売ってくれないです。どうせ地方なんか・・・だから地獄兄弟は以下略。

 さて、昨日の予告どおり、フィギュアで少々。やはりフィギュア人気もそろそろかげりが出てきたところでしょう。S.I.Cも原油高騰のあおりを受けて、値上がりしております。クラシック2008も、当時の価格ではなく、時価になっておりますから。何せS.I.Cの「電王」、今回は思ったほど減ってないみたいです。作りすぎか?とも考えますが、それだけ作られるものがパターン化しているというのもあると思う。そして理由はどうあれ、次の出荷はまた減らされるでしょう。ますます買い手が減っていくと思われる(当社比-20%)。カメとクマは限定扱いで、さらに減らされるのが目に見える(当社比-40%)。やはりユーザーが見えていないのでは?雲の上のエリート企業は、地べたを這いずり回る消費末端は見えないようです。この調子では、S.I.Cも先が短いかも。同じことが「ガンダム・フィックス・フィギュレーション」でも言えます。固定ユーザーは獲得できるし、長続きはするとは思えるが、円谷を買い取ったTYOの言葉を借りると、「オタクに合わせたモノ作りはもう古い」といったところでしょうか。原文とは違いますが。企業は発展するのが使命。固定ユーザーに合わせることはできません。つまり、固定ファンだけに合わせたモノ作りが出来ないのが現代社会です。それはいずれ消滅していき、市場は偏っていきます。残る道は身売りだけでしょう。

 その証拠とも言える現象は、既に起こっています。出るフィギュアも偏りが目立つようになってきていますし(理由は「売れているから」)、相変わらず東映作品はバンダイグループの一人勝ち(年間契約の悪い点)です。市場に似たもの同士を突き合わせる原因だと思います。どっちを向いても半脱ぎアニメとフィギュア。ロボットものはサンライズから派生したリアルロボット。どれもすべて個人の価値観から生まれたものではありますが、それを共有するのは難しいのですよ。合わせなければいけないというのは、随分と身勝手で管理的な思惑です。違いがあるのが個人、生き物というのはそういうものでは?合わせていたら、あらぬ方向に膨張するだけです。起業の当初の目的が変わってしまったように。でも、それも時代の流れ、そしてそれもすでに昔の話。私自身、考えを改めたいと思ったのはそういう流れです。企業というものも、そろそろ大きくしていくことを辞めていく時期なのかも。このままだと、歴史に取り残される人々、作品が増えていくばかりですよ。切り捨てるのは必要かもしれませんが、人の意思や記憶が文化をつないでいくのですから、それだけはもていってもらいたいものです。そして、いつか未来で。という風に持っていけたら。

 さて、長いヨタ話になってしまいましたが、フィギュアを例に、人と企業の衰退を書いてみたつもりですが、相変わらず取り止めがない。もっとかいつまんで語れたらいいのですが。それはおいといて、今日はもう一つ、「世界コスプレサミット」の最終決戦です。今年はどこが征するのか!?とはいうものの、そもそもコスプレも隠居を考えている俺では話にもならんだろ。まあ気が向いたら書きたいところですが。

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複雑化していく娯楽、経済、社会、そして地域。

 …あまりにも何も思いつかん。今年は資金難でコミケにも行けないし。気分がなお沈む。世の中の不平等をいくら謳ったところでとりわけ解決するわけでも無し。まあコレの場合、民間は少しでも努力するものですが、中央がどこまで努力してくれるのか。イス取りゲームの方に夢中みたいだし。今はそんなのどうでもいいや。

 ゲームという単語でちょっと思いついたのですが、最近はプレステ以前のゲームをやっております。どうも最近のゲームは、特にアニメにこだわりすぎてるし、その分ゲームが進みにくい。「スパロボZ」のデモ画面を見たが、凝り過ぎです。あそこまでこだわられると、観る方も疲れると思うのですが、それは私だけ?携帯ゲームでもそのあたりはすごいことに。例えで「無限のフロンティア」を出しますが、これもバトルシーンはすごくよく動き、なかなか楽しめたのですが、画面の変化がめまぐるしく、ついていくのも大変です画面も小さいし。第一、「スパロボ」の戦闘画面にも話の内容にもついていけなくなった私が、「無限のフロンティア」の話の内容がいまひとつ分からないのですが。長い付き合いの友人に教えてもらってやっと理解できた程度です。それだけ今のゲームは、気をてらいすぎて、画面も物語も複雑になりすぎているということです。新しいコンピュータ技術に頼らない、もう少し単純なやつでもいいのでは?昔のゲームが出来る「マジコン」とかもあるが、私は使ったこと無い。自社の売り上げに関わるので、任天堂もコイツを訴えたそうだが、それはそれでまたゲーム感染者が減っていって、余計売り上げが下がる気もするが?行為の違法性はココでは語れないが。

 そういう膨張もあるのがコンピュータ業界なものですから、私もそのテの仕事に就くのがイヤだった部分もあるし、そういうのについていけないアナクロなやつですから、残念。この業界が一番、現代バブルの温床のような気がしてきた。ついでに書いてしまうと、コミケやワンフェスも、現代バブルの温床ですよ。そもそもヲタ文化もバブル時代に出来たものですから。バブルに必要なものは飢餓感(欲しい、また欲しい。何でもいいから欲しいという感覚)だとものの本で読んだことがある。そして「限定品」という赤札が、常にそれをあおるのです。ヲタイベントに付きまとう決まり文句ですね。このままコミケなどのイベントはおろか、買い物そのものを辞めてしまった方が懸命ですよ。しかしヲタというバブルの洗礼を受けた以上、化石のような「権威にしがみつく老体」同様、しがみつかなければいけないのかねぇ。打ち破るには、山篭りのような修行が必要か?…ブログ書いている場合じゃなくなるぞ。とりあえずまた考える。悪循環じゃねぇか。

 でも精神トレーニングは必要だろう。まさか内藤がKO勝ちするとは驚いた。今回は挑戦者も大した選手でした。放送局のアコギなショー計算なんざ入る余地もおそらく無い。放送においても、ゲームにおいても、つまらん小細工や凝り過ぎた見せ物ばかり出してたら、いずれ飽きられるものでしょう。とはいえ、単純なのがいいからといって、最近のお笑いみたく、短くされても困りものですが。しかし、こちら側だけが一方的に要求するばかりでは、行政にしがみつきっぱなしでイカン。行政も人間のやること、万能じゃないんだし。一人ひとりがそれぞれ意思を持った個人で、正しい判断ができるようにできているんだから。自分の身は自分で守るというように、責任逃ればかりせず、物事の判断を自分でちゃんとできるようにしないと。

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整理した路線しか無いのは、こういう腸捻転を起こすのでしょう。

 週末はじたばたしつつ、楽しみもしてきたので、今日は休む。ソフマップに行ったら、まさかの「仮面ライダー電王」購入。S.I.CとDVD最終巻(特別編)を購入することに。ついこの間「Double-Action Climax Form」を買ったところだったもので、財布が厳しいです。まあひととおり楽しんだので、勿体無いがまた現金交換してくるしかない。S.I.Cに関しては、徹底的にクライマックスな出来栄えで、まさに「俺、最高!」でした。まさか特典まで…。やはり原油価格高騰で、売れ行きが悪かったのだろうか?そうでなければああもうまく手に入るはずがあるまい。S.I.Cにおいては、数を増やすことはありえないはずですから、そう考えるのが妥当だ。むしろ販売業者のそういうやり方に、ユーザーも飽きているのかも。それよりも、来たる8月5日にロボットものの新ブランドを立ち上げるとあったが、一体何を扱うつもりなんだろうか。現在の価格高騰状態では、それほどの売り上げは期待できないと思うのだが、それを見越した上でのブランド立ち上げか?つまり、「販売数を増やせないから、その分ふり幅を増やして、総合的な売り上げを伸ばす。要は餌の種類を増やして、釣れる魚をより多く獲ろう」という腹なのかも。邪推ではあるが。それはおいといても、「電王」特別編、なかなか楽しめました。相変わらずノリがいいなぁアノ作品。レンタルには出回らないのか?まだ確認したことがないもので。

 大手はどこも(人材を)古株のみ丁重に扱い、新人を育てようという考えはないのかも知れません。業界の一部には育てる意識があっても、それを取り仕切る上の問題です。最近このテの本をよく読んでいる。だって、自分の今置かれている社会的状況を理解し、それを乗り切らなければならない立場ですから。悪い部分が目立ちますが、それを理解しなければ、良い部分が見つからないので。これは私の考え。最近はヒーローものの制作会社でもその風潮がありそうだ。一応新人は育てているようには見えるが、だいたい他所から引っ張ってきた人が多いし。しかし現状の販売市場を作り上げたのも、かつての若手なのだから、あまり偉ぶって欲しくないものです。偉ぶると、若い人が入らないものだと思いますよ。…まだ気分が優れないのか?というか、買い物自体やめてしまえば、疑うこともなくなりそうなものだとは思いますが私の場合。

 今日はテレビも、いつもどおり「そこまで言って委員会」とかしか無い。なにせ27時間もバラエティやってるもので。いいかげんTV局も芸人(といえる人材がどれだけいるのやら)ばかりに頼るしょーもないことばかりやってるんじゃないよ。この業界ほど前述の「古ダヌキがやりたい放題して、若手をつぶす状況」を体現しているところは無いな。下手人が何者で、どんな立場の人物かはともかく。でもニュースキャスターやコメンテーターも、有望な若手がいない現状も問題。もっとまともな教育をしなければいけないかも。むしろ本を読まないとな、ネットの活字に頼らず。昨日は「ROOKIES」の最終章見たが、ベタとはいえ、ああいう作品がもう少し増えたらいいかも。でも映画はフロシキ広げすぎじゃないか?むしろTVの焼き直しの可能性が高いのですが。まだどんな内容かはわからんが、そういうセコイことをやらなければ、TV制作も捨てたものではない。売れてる人に頼りすぎるタレント業界も問題ですが。とにかく動向を見ていこう。批判するのはそれからだ。

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人すら揺れる?ニッポン

 ああもう、おかしな事件ばかり起こってしまいますココ最近。身勝手な理由で事件を起こすヤツが多いモンです。だからといって、「何が原因」だとか言ってみても、きりがないのですから、マスコミもイタチごっこは止めりゃいいのに。間違った認識を増やし、植えつけるだけですよ。仮に原因があるとすれば、「我もわれも」という、現代の日本人の「自分至上主義」でしょうよ。間違いないはずです。少なくとも、現在のヲタや若者の思考って、こんなところではありますし。私も偉そうには言えませんが、そう思うのであれば、自省しなければならん状況です。まあ私も、このあたりのことはまだ勉強中ですので、結論を急ぐわけにはいきません。そろそろわめくのもやめておきましょう。少しはスッキリしたし。

 しかし岩手でも大きな地震があり、またもや驚いています。少し前にも宮城で地震があったばかりだというのに。けが人も増えていますが、果たしてどうなるのだろうか。この国は色々な意味で、大きく動いているのだろうか。少し怖いものがある。しかし情けない話ではあるが、遠いところで何かあったとしても、自分に出来ることが無いのであれば、自分の近くで出来ることからやっていくしかないのでしょう。だからといって、見捨ててはおけませんが、これは出来る人、やれる人、する義務のある人に任せるしかあるまい。その思考が、「自分至上主義」に傾かないように、心持ちをしっかりしておく必要があるのは間違いなく、それがいわゆる大人の責任であることだけは間違いなさそうだ。これからの人たちのためにも、それは各個人に必要なことでしょう間違い無く。

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業界の体質って、どこもこんなモン?

 …まあ押収された本については昨日も語ったのでそれはおいといて、警察にも一部そういうところがあるし、マスコミといい、精神科医といい、視聴者といい、何か事件が起こったら、いちいちヲタ文化のせいにしたがります。理解できないものに対して、どこか悪い部分だけ取って、それだけでやり玉にあげるのはそれこそ偏見ですよ。

 マスコミにいたっては、そのヲタ文化のおかげで儲かっているというのに。これも「恩を仇で返す」というのだろうか?まあそんなアニメ業界も、最近はえろっちいアニメばかり作っているので、それで正しく見ろというのも無理なお話ですが。ほんとどうなんでしょうか今のアニメ制作現場というのは。タイトなスケジュールでハイクオリティなアニメが出来上がるのはすごいことですが、どれみても性的描写が多くないか?…まあ私もオトコですから、そりゃそういうもの見たらムラムラしますよ。それが楽しみで見ている作品も多いですよ。健全なオトコなら無理もありませんよ。だからといって、現実にセクハラなんてやりませんよ。せいぜいグッズ買って、それでその場を取り繕うくらいですよ。さらに言えば、それで業界も潤ってますよ。どこにいっても、大人が買えば儲かりますよ。でもどこもかしこも同じ商売の方法をとられたら、すぐ飽きますよ。というか、もともと子供の情操教育?のためのアニメが、いつの間に大人の自己満足的欲望を満たすだけの道具に成り下がったんだ!?深夜アニメと、エロ描写の得意(あるいはそれにこだわる)なアニメーターが増えたからか!!?…ホントに業界の存在自体がピンチだ。このままではもともと子供の遊具だったパチンコと同じ運命をたどってしまう(戦後の写真で子供が遊んでいたのを見たことがある)。手塚治虫やそれに続くお歴々が泣いたり怒り心頭だぞきっと。

 結局企業の体質の問題もあるのでしょうね。ネットでもよほど人手不足なのか、模型メーカーでも求人を見ることがある。一部ヲタ系ショップが、職安に提出しているのも見るくらいだ。販売店はともかく、メーカー(工場や技術系もメーカーとします)も、最近になって若手を募集することが増えたが、どこもかしこも相変わらず年功序列を守るため、新卒を募集し続けています。年功序列も、工業とかなら技術継承とかの関係で、良い方法なのですが、なんで営業や事務までそれに習うんだ!?こんな「右へ倣え」だから、人員総剋力の無い人物まで出世して、会社はおろか社会まで、下の人間が余計な苦労することになるんじゃないのか!?それにどこ見ても、30代には相変わらず救いが無いです。技術継承する気も無いから、経験者しか募集してません。教えるのが面倒だからです。どいつもこいつも。これでは技術継承しようとしても、まともな敬称なんて出来そうに無いと思う。大丈夫か技術大国日本??やっぱりどこかの赤い国に飲まれるのか?技術よその国に転売して、自分の国の経営がまるごと持っていかれてるんだし。こんな悪い例を見事に出してしまったんだから、よその国はさすがに同じ失敗はしないだろ。もはや第2位から下がるだけ?

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人間が薄っぺらいから、社会的に見得張るのか?

 本日もまた、考えることは多いものの、出来ることは少なし。気をつけないと、「本当は恐い家庭の医学」の老年期うつ病が、猛スピードでやって来るぞ、とか思ってしまい少々おっかない。しかし、労働者の悪循環は少しは解消されるだろうか?と期待したい記事を見た。でも今更後継者となる労働者が必要だと気づかれてもねぇ。そんなことは30年くらい前から気づいていた人もいたようだし。それを少数派とあざ笑って、もみ消したのは企業じゃないのか!?それで30代の非正規雇用が増えてしまっているのに、それは見捨てるようだ。一方、中国でも少し違うが、政府に痛い目を見せられているらしい。環境とか生活とか。一時代前の日本みたいではある。でも情報社会で中国も国の外が見られるようになっても、境界線で囲った国政を実行し続けているのは、ある意味日本も一緒か。どっちの首相も、夏休みの宿題が多いようだ。休んでいたのは日本だけみたいだが。

 ところで、具体的には書けませんが、オカルト漫画が部屋から押収されたからって、それが原因とは言えませんよ。まさかまたマスコミお得意の「ヲタに責任転嫁」ですか!?普通に考えても、当事者の責任では?何があったかまでは言及できないので、何とも言えませんが。それにしても希薄な親子関係だな。…あまり責任がどうとは言えませんね、国策にせよ。少なくとも日本は、国民もそういう、よろしくない方向に持っていったところもあるし。他国はそういう事例を、悪い部分は見習わないようにしているみたいだが、それでも問題は解決を見ないらしい。国の借金も増えているし。もう経済2位の大国ではなくなっているんだから、見得張らなくてもいいんじゃないか?むしろ、一番借金を増やしていると思われる、一定年齢以上の有権者の一部(クレーマーみたいなの)を説得してもらいたいよ。聞き分けの無い人ばかりじゃないし、そういう状況にココロ痛めている人だっているんですから。議員のみなさんも、最近は日本共産党すらあてにならなさそうだ。ホント政治家も、二世の坊ちゃん嬢ちゃんばかりじゃ腰入ってないよ。得票数で顔色伺ってないで、考えてくれる人を押し上げて欲しいし、本国会でちゃんと議論して下さいよ。以上、今回は某ニュース番組を見ながら、書かせていただきました。

 …あまりこういうよろしくない話題を見たりするものじゃありませんね。ネットでも。思ったのですが、どうしてもインターネットというやつは、上からモノ見ている高揚感に捕らわれがちになります。ニュースも選べるし。「自分が選んだニュースだから、嘘や間違いは無い」という思い込みにも捕らわれそうです。ニュースなんて全てが正しいことを書いているとは限らないんですから、客観的に捉えられる第三者も身近に必要です。せめてそういう客観性も個人が持ち合わせなければ、これから先の子供たちや若い世代が、変な感化されてしまいますよ。てゆーか、報道もそういう情報ばかり流すなよ。模倣犯増えるから。

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ブログとはいえ、本日は日記らしく。

 せっかくの3連休(工業系の人たちにはせいぜい2連休。むしろ休日出勤!?)だというのに、またも荷物整理と現金交換。ヲタグッズ、そこそこの値段が付くものの、それでも原価低く、売りに出される時は割高。さらに本の場合、買取どころか処分されるという現実。買取る側も殺生です。業者も、いきあたりばったりでヒット商品の類似品みたいなものしか出さず、買うほうも買うほうでものの本質を見ずにヒット商品に群がる構図を作っておいて、余計なものが増えていくという負のスパイラル。業者もひどいですが、本質が見えない民衆にも、現状の根幹がつきまといます。もっとモノを見る目が欲しいと思った昨今です。ホント制作する年寄りというものは、いきあたりばったりのことしかやりませんね。いつも物事の本質は先送りだし。もっとも、そんな年寄りばかりではありませんが。私たちも将来のことを考えて、解決できることは早々に解決していかなければ、とか思いつつ、自信のこともまだ未解決な私でした。ともかく、今後その辺に身を入れていかなければならないのですが、10年後くらいには私も年寄りの仲間入りですよ。腹黒い年寄りだけが得する現在の状況はイヤですが、だからといってそれだけの理由で、たいそうな成果や努力が報われないというのはさすがに厳しいと思うし、さすがにそこまで若者に優しい状況にはなって欲しくないと思いつつ、また思考をめぐらせていこう。本日は独白でした。とはいっても、もともと日記ってそんなモン。

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知識を持っていても、問題は避けられません。

 もうアキバの件はいいです、とか思っていた矢先、「アキバの件で勇気がわきました」とか書いていた輩がいたという記事が。もう頭が痛いです。何考えてるんだ、とか思いました。一方で事件の記事は、何と言うかイタチごっこに思えてきました。どこの新聞見ても、親を糾弾する記事ばかりです。事件を起こしたのは容疑者本人なのですから、それに対してももう少し切り込んだところがあっても・・・とは思うが、一方的に攻め立てるよりは良いのかも。かといって、同情的な記事ばかりでは、問題の本質的な解決にはならないと思いますが。攻めるマスコミも、親の何を知っているというのだ。ワイドショーや写真週刊誌全盛期の頃に横暴振りまきすぎたなマスコミは。そういえばフジテレビのスローガンが変わったのもこの時期だ。1980年代。学生運動が敗退し、バンド全盛期だった頃に、バブル絶頂期を迎え、その時代の土台を組み立てた者が左うちわで生活し、そのツケを後世が払い続けているだろう現代、その清算が最悪の集束を迎えているのかも。

 今朝は新聞で、色川武大と、カルロス・ゴーンと、克美しげるの記事を読んだ。克美さんについては、前述のマスコミの横暴に散々してやられた人です。あとのお二方は、今回共通して「負けている中で堅く勝ち上がる」という結論にもたどり着いている、と思う。ゴーンさんの記事は、「困難をひとつひとつ解決していく必要がある」と書いていた(色川さんのことは引用されていただけです)。克美(便宜上こう書かなければならないのが辛いところ)さんといい、避けて通ろうとしたところがあったのかもしれない。結果、事件に発展してしまったのでしょう。困難を避けて通ろうとするのが人の悲しい宿命ならば、それに直面しなければならないのもまた宿命。どのように乗り越えるのか、その間で苦悩しなければならないのが人間の悲しい宿命なのでしょう。悲観は簡単です。しかし、「イライラした」とか、「誰かにとめて欲しい」とかいうのは、結局他人まかせの逃げ口上でしょう。敗因が他人にあるというのは当然だと思いますが、喧嘩両成敗、互いに敗因はあるのです。問題に直面し、他者(あるいは他の物)の助けを借りる時点で既に負けているとはよく言ったもの。私もそれを受け止めないといけないのでしょう。

 また脱線したな。結局、レミングのごとく模倣犯が増えていますが、これは「教育の本懐、問題を解決する力(ゴーンさんの記事から)」を教えなかった戦後教育の問題、とかマスコミも訴えたいのでしょうが、同じような見解しか報道しない現在のマスコミに、それを納得させる訴えが果たして出来るのだろうか。「物事を多角的にとらえる」というマスコミの本懐が危機の現在、同じことばかりやっている報道に多角性が果たしてあるのか。そもそも事件の詳細を説明していたが、あそこまで事細かく説明したら、最初に書いたように模倣犯が出てくるだけだと、長年同じ結果を見てきているはずなのに、なぜ同じことを何度もやるのか。他にも、民放はおバカなクイズ番組ばかり、どこに多角性が?一方最近NHKが盛り上がりつつあるのはありがたい。民放色に染まっているところはあるが、なんとか持ち直してもらいたい。もちろん民放にも。

 ともかく、あえて書かないようにしていましたが、何と言うか今週はそういうことばかり目にします。マスコミがここぞとばかりに書いている気もしますが、こういうことなら「右へならえ」もいいかも。内容までそれだと困るが。ホント今週は何かと血生臭い(私ああいうの苦手)。整形見たり、「ひぐらしのなく頃に(実写)」みたり。腰から骨抜きにされましたよすぐ持ち直したけど。あの映画、まいてる感は確かにありましたが、原作見ていないのでそれもわかりません。作品のテーマは「ディスコミュニケーション(そもそも何のこと?私は知らん)」だそうですが、それが最悪の結果をもたらしたという結末は「School Days」と一緒でしょう。現代社会の事件性と関連付けたがる人は大勢いますが、作品は作品ですから、ひとつの過程ということだと思うので、何の関連性もありません明らかに。旧知の間柄でも行き違いや事故はあります。そういうことなのかと思いますが、それで最悪の結末を迎えるのは、双方が問題を避けようとするから起こるのでしょう。やはり問題を解決するのは、他人や本から聞きかじっただけの知識ではなく、それを基盤に問題を解決する智慧なのでしょう。教育も偉そうに語るだけではやはりダメですね。受験勉強も問題の方ではなく発想力を見ていく時期なのでしょう。だからといって一芸入試が横行されたら困りますが。

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社会が親切なのか、カネ持つ人々が不親切なのか、それとも人そのものが無知なのか。

 変な事柄が多すぎる気がする昨今、世間が厳しいのか社会がゆるいのか、何が原因なのだろうか?考えすぎても仕方がない気もする。だって人間ですもの。自分の枠でしか考えを募らせることが出来ません。だから他人に自分の意見を強引に認めさせようとするのですたいがい。所詮そんなもんとか思うときがあったり。今コレを書いている私にもそういう意思が多少なりともあります。「それは違う」と思うのであればそれで十分だと思いますので、意見は受け付けますが、余計な反論で時間を費やすのは辞めておきましょう。・・・折り合いを付けるってこういうことなのかどうかはよくわかりませんが、私としてはこんな感じ。

 もう暗い話題も劇場型の社会情報も余計なお世話な気がします。昨日もある健康情報的な番組見ていましたが、ある危険性を語っていました。何かに付けて「危険」だの「DANGER」だのご親切に訴えてくれてますが、それを守らずに大変なことになるというのは、こういうことのほうが自己責任ではないのか?もっともこういった安全啓発も、どこかから商売のにおいがするのですが。それはともかく、昔から「自分の身は自分で守る」というのですから、守らずにひどい目にあった人は、自分の責任管理が出来てなかっただけのことだと思うのですが。でもそこまでしなければマナーも守れない人間が増えていることも事実。それこそ「偏ったオンリーワン思想」なのだと思います。一部の守らない人と、それを利用する人のために、訴えとかそんなことには関係ない人まで巻き添えになるのはどうなのでしょうか。

 そりゃ人というのは死ぬ寸前まで未熟です。これはお経にも書いていたはず。だからといって、人生の最後までおシメの取れない赤ん坊ではないのですから、あまりご親切にされたくないものです。これは多くの人々に言えることでしょう。始終親切にされたら窮屈すぎてたまりません。それと一緒です。行き過ぎた親切は「管理」と同義だと思いました。さすがにそんな社会は窮屈すぎる。もっと民間も考えなければならない時期なのかもしれません。

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ヲタと言われようが、一人の人間です。

 なんとも事件の多い時期ですねぇ。このテの記事はあちこちで騒がれているので、あまり扱いたくないのですが。でも今日もワイドショーでは騒いでます。今回は相手がヲタかどうかよくわかっていないためか、これまでのようなヲタ叩きはいい加減マスコミもやらなくなったようですが(結局誰をとっても、事件を起こすのは個人の人格ですので)、それでもアキバは現状のようなカオス化はやめないでしょう。商売成り立たなくなるから。ポンバシも同じですね。しかし受け手も問題あるかも知れません。何かコトが起こって、すぐに騒ぐからそれを行商人に付け込まれてしまう。そして知らない間に金づるにされてしまいます。そうして物事はいつの間にか一人歩きして、肥大化してしまいます。論議をかもし出すのは一向に良いことではありますが、知らない間に「良くない差別」を容認し、当事者として被差別者にされてしまうのかも知れません。話が飛びましたが、ちょうどそのテの記事を読んだところですので、気をつけていこうと思います。

 今回アキバでもこのような劇場型の事件があったわけですが、ある程度勝手な思惑も並ぶと思われますがご容赦を。でもさすがに、文章や表現の一部分だけ切り取って、前後を無視した攻撃はホントフェアじゃありませんので、それは無しでお願いします。しかし今回のこれはあまりにも短絡的すぎます。誰だって不満はあるわけですし、夢破れて気持ちがくすぶっていても、それでもそれに折り合いをつけて生活していかなければならないのです。私も似たような部分はありました。泣き言を言って周りを困らすこともありますが、ヲタ文化に楽しみを見出して、それでもバカらしく生きております。行商人には馬鹿な金づるとして扱われていると思いますが、それでも一人の人間として、常識はずれと罵られても、バカみたいに生きております。そもそも人間の常識なんて、個人のものさしでしか計れないのですから、自分の常識で他人を計るなんてそれこそ常識はずれのバカバカしいことです。・・・誰のことだろ?

 それよりも後退の効かない社会情勢には確かに問題ありです。「夢を持ってどうだ」とか言っているのは、結局その儚い夢のために高い学費を専門学校に出させるための業務戦略じゃないのか!?と勘ぐってしまいます。認可受けてる専門学校もどんどん増えているし。そして社会にはひと握りの成功例だけ情報としてばら撒いて、それで吊り上げているのではほとんどサギですよ、とか思う。基本を教えるとか言ってみても、その基本も講師の常識で縛られ、個は認められにくい。それで挫折する人間は多く、やめるのもカネが要る。成功したものは成功例だけ語り、「だから偉い。だからダメな奴は言うことだけ聞いてがんばれ。」とか偉そうで、ダメだった理由は決まって「(相手に対して)自分のほうが悪い。」ですから。他人の成功例なんてその人だけの例なのですから参考になりません。自己責任とはここ数年よく使われてる便利な言葉ですが、その言葉を都合よく使ってばら撒いた連中の責任はどうなったのでしょうか!?国家最大の謎です。それでも30~40年前よりはやり直しが効く社会なのですから、やはりものは考えようなのでしょう。都合よく使う連中がいるのであれば、それを自分が使っても良いということでもあって、「人間性という常識」から外れなければ良いはずです。・・・犯罪はこれから外れます。だから例え未完成でも、人格も法律もあるのです。

 「人間性という常識」を、無知なる者が守るために必要なのがこれです。そこには「思いやり」ととれる事柄もあります。他人を守るために命を落とした人もいます。そんな果敢な行動を称えるかどうかは別にして、最近マスコミに見られたのは、「他人を守って命を奪われるのはバカバカしい。だったら他人のために命を落とさずに、無関心を気取っていろ」とかいう意見が多少なりとも見受けられてた、と思えることです。他人のために命を落とすのは確かにイヤです。問題に思ったのは、「(被害を受けようが、巻き込まれようが)それを悪くとるような意見が多く流れた」ということです。他人のために命を落とすのが良いかどうかはともかく、それを軽んずるようなことは無しにしたいです。

 事件とか書くと、このように脱線することが多いのですねぇ私の場合。「物事を多角的に見て、真偽がわからない場合は、仮説の全てを明かす。」が、マスメディアの基本理念であると言いますので、それに習っているつもりですが、まだまだ修行不足です。だから脱線するのです。でもさすがに、文章や表現の一部分だけ切り取って、前後を無視した攻撃はホントフェアじゃありませんので、それは無しでお願いします。私だってされて嫌なことは極力しません(ものぐさな性格なので、無意識にやってしまうことが多い)。そういうことを考えない勝手な個人主義が横行しているから、おかしな事件が起こるのでしょう。それは「偏ったオンリーワン理論」を提唱した者の責任でしょうね。根本がどこにあるのかはわかりませんが。

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未来を護る騎士たち

 「あしたをまもるナイトたち」と読みます。ちょっとブロードバンドで「特捜エクシードラフト」見たもので、その挿入歌のタイトルから。レスキューも最終章になると、さすがにカオス感がただよってますが、根底の「人の命とココロ」は守られています。やはり映像作品はこうでないと。

 今日は久々の休みでしたから、ゆっくりとビデオとかを楽しみました。「電王」とか「図書館戦争」とか。「ドルアーガの塔」は見ていません。第1話のあのテンションほどではないにせよ、あのやや軽いノリで全編進めるみたいだし、ファミコンのあとのオンラインゲームの話が舞台設定になってるし、「ふざけすぎ」と私は判断しました。「マクロスF」は盛り上がりそうですが、このシリーズはいつも、ヒロインの設定が時代の流れに左右されるのが、なんか悔しい。ハードな戦闘描写もあり、深夜に廻されたのは納得しましたが、前述の理由で、最近はあまり好きな作品ではない。このへんは河森正治氏の先見の銘なのか、それとも軟弱なだけなのか、よくわかりません。

 今回は「図書館戦争」を引き合いに。「メディア良化法」なるものが制定され、社会に悪影響のあるものを、国家の名目の元に排斥するという法律ができた、遠くない未来・日本の物語。いきすぎたマスコミ報道が問題視されている昨今、これと同等の法律が、現実に制定されようとしておりますが、常にこれを管理する側が一元的で、排他的(むしろ感情的)なのが世の常。これは長い人類の歴史からみてもご承知かと。とくにわかりやすい例としてあげたいのが明治維新のころ、若者勢力が、浮世絵などの文化財を「旧幕藩体制の象徴」とし、海外に流したという事例。大阪府橋下政権にあてはめたいことです。若い人間の感覚は、新たな流れを組むうえで重要だとは思いますが、若けりゃいいってものでもない。若いというのは、やはりまだ無知な部分も多く、まだまだ清濁併せ持つことができないのです。無論私もまだまだ修行不足。穢れた部分もあってこその文化、だからといってマナーまで汚してはいけないというもの。大阪府で行われようとしている「文化財の撤去」は、やはり若さゆえの排他的思想だと考えます。

 「電王」も引き合いに出しますが、やはり時の流れに、人やその思考があってこその歴史だと思います。「Double Action」の歌詞にもあるように、こぼれ落ちる砂のように、誰も時・止められないのです。人間の思想もまたそうなのでしょう。そしてそれが歴史として積み重なって、文化として成り立つのです。しかしそれも砂上の楼閣、とてももろく崩れやすい。例えとして引き合いに出されるマスコミはたまったものではないでしょうが、くみ上げてきたお笑い文化の中に、下品な笑い(ある種のいじめとか)が入り込んでしまったおかげで、現在は子供にも見せられない状態に。主な原因は視聴率、一部の無知たる若者文化の民意が原因とみて間違いないかと。先駆者たちには猛省している方々もいると思います。それを元に戻すのは大変な労力です。でもまるで同じ形に戻すことは無い。取り入れる部分もあるのは明らかです。若者文化もそこまで無知ではなく、むしろ分別は一部のおカタイ年寄りよりも柔軟でしょう。しかし、「(図書館戦争の)メディア良化法」は、そういうものを調べもせず、一元的な価値観のみで排斥していくのです。おそらく「図書館戦争」では、そういうことの危機感と、それを知ったものが何を成すべきか、そういう作品だと思います。現実に制定されようとしている法律、陪審員制度と同じように、身近な危機(コレについては気が向いたら書きます。「相棒」でもその話はあったので、それを見ていただければ)なのかも知れません。この法律を打ち立てるのはともかく、冷静かつ排他的(むしろ感情的)にならないように、と願うばかりです。そのせいで日の目を見ない作品が数多くあるのは、皆さんも少しはご存知かと思います。原因のそのほとんどが、一部の「一元的かつ感情的な民意」のせいですから、府知事政権にせよ、大阪市長にせよ、議論も大事ですが、それ以上にささいなことから調査していただきたいと思います。

 とても長くなってしまいました。しかしこれも私の一元的な民意。極力冷静に判断したつもりですので、これ以上の追及はなしにしていただきたい。それよりもココロさんを、ブログパートナーとしてほとんど使えていないのが、個人的には問題です。このままではただの萌えブログパーツではないか!!と気落ちもしてしまいます。もう少しかまってあげたいですね。でもしばらくはまた忙しい。どうにか解決策を考えねば。むしろ携帯Flashプレイヤー対応になってくれれば良いのですが。

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オンリーワンの正義は危険ということみたいですが。

 とうとう川内康範もお亡くなりになられてしまいました。例の騒動はともかく、まともな正義論が語れるかもしれない人がいなくなってしまったのが残念です。政界もどうなるのか。

 今回はちょっと正義論について、「コードギアス」と「仮面ライダーキバ」を引き合いにだしてみたいと思います。名護啓介(キバ)については、脚本家の意図はおそらく、「一方的な正義を振り回す者は、その行為も正義感も悪となる」というものかもしれませんが、そこまで持っていくのに時間がかかりすぎかと思いました。それまで「清廉潔白な正義の遂行者」としてのイメージを前面に出し(まあそれを崩壊させるのも手法ですが)、そういうキャラクター性を確立させたわけですが、その経緯のせいで、見る側が誤解を起こすということも考えないといけないと思う。だから早めにヒントを出せばよかったんじゃないか?とか思ったりしました。

 この名護については、「コードギアス」の二人の主人公にも通じるところがあると思います。自身の正義論を正しいと思い込み、祖国に反逆したルルーシュとスザク。彼らの正義も、立場が変わればまた悪となる。これまでの歴史で語られてきた正義とは、常にそんな危なっかしさを持ち合わせているというのが製作者の意図かと思われますが、昨今の製作者に、それをちゃんと説明できるほどの、心に根差したものがあるのかどうか、と疑ってしまいます。こういう作品が成り立つようになったのも、やはり「エヴァ」の影響かと。ちゃんとした解答が製作者に出ないまま、作品を完結させてしまったので、おそらく今度の劇場版で挽回したいのかも知れませんが、はたしてどうなるやら。

 「キバ」の第10話・過去編に関しても、主人公を周囲大勢でいじくり倒すという、きょう日のバラエティ番組の出演者いじりみたいなことをやっていましたが、(バラエティも含め)子供の見る番組でああいうことをされると、やはりいじめの助長をしないか?と不安になってくる。この前見た「SP」スペシャルの1シーン、退屈になった同僚たちが、同僚の一人にいたずらするところがあったが、あれはやられた本人が「そういう使い方するものじゃないでしょ!?」と言ったおかげで、体裁は守られたと思う。それくらいは、作り手の責任として、カメラに収めてほしいと思う。

 ちょっと方向が変わってしまったが、「善と悪の両面を抱え、互いの正義が交差する。正しさだけを主張する強いヒーローには、視聴者は共感できない時代なのだろう。」と、新聞の番組紹介欄では括っていたが、それは逆を言えば、作り手もそうだが見る側にはそれだけ心に根差したものがなく、判断力も失った。のが現代社会なのだろうと、私は思いました。そう思うと少し寂しく、やはりちゃんと見て、自分で自分なりに判断できるようにしないといけないな、と思いました。正しさだけを主張するのは確かに危険ですが、それに簡単に屈するのではなく、それを人間としてちゃんと判断できなければいけないのが、昨今の現代社会の急務なのでしょう。正義とは、いわゆるオンリーワンの賜物。これが行き過ぎたのが日本の現代社会情勢なのかもしれません。アニメとかに頼らず、オンリーワンの概念も見直さないといけない時期なのかも知れません。

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若けりゃ何でも・何やってもいいってワケじゃ決して無い

 本日はとても眠いです。春眠には早くないか?今日は気温も高かったそうで、まあ眠くもなるわな。おかげでブロードバンド見ていても、瞼が重くて、話を追うのがやっとでした。ちなみに、「東映特撮BB」をよく見てます。

 ところで、今日はテレビを結構見ているのですが、横では「バンキシャ!」をやっています。保育所の話をやっています。無認可のところが少ない補助金ですごくがんばっているし、子供を支えていける環境がどんどんなくなっている気がします。そのせいか若い人の事件が多いです。具体的な内容は、ココロさんに悪影響を与えかねないので書きませんが、(あるところでは)我が物顔で暴れたりとか幼児を放置とか。「そこまでいって委員会」でも言ってましたが、あまりにも日本人の若者が幼稚になっている気がしてならないです。みんな甘えて育った世代で(無論私も)、行政も年配者を優遇して、若い人たちに負の遺産を背負わせていってるし、そりゃあいじめもニートも増えるわ。教育の問題が原因かどうかはわかりませんし、誰の責任かとかは書けません。報道機関でもないし、うかつに情報を垂れ流してはいけませんから。これは書く側の責任です。推察はできても、それを確証として書くわけにはいかないのです。それに書いたところで、そこに全ての責任があるわけではないですから。そういうものにもたれかかった民意にも責任があります。それにしても、啓発本も描きすぎると参考書です。リアリティもほどほどにしないといけないなぁ。犯罪意識が薄れて、面白さから犯罪に走ったりするとか、やはり世の中乱れてます。ひどい話です。そしてチベットもひどい状況です。何があるかは、情けないことに対岸の火事です。これも前述のとおり。推察で文章を進めてはいけないのです。ウチの者から、この辺の背景を聞きましたが、やはりある程度は推察どおり。同時に、例の大国の歴史的背景を知ることもできました。こういうときだけ、えらく詳しいし役に立つ。普段は私の意見など殆ど聞かないのに、こういうときには珍しく意見が合う。でも言っていることは同じ。まともに話を聞かないし、自分の話ばかりしたがるだけです。これは人間誰にでもあることかもしれません。これも血筋なのか・・・。

 それから、就職前線も読んでみました。他にはCAのお話とか。やはり前者は軟弱になっている気がします。でもそんなにナーバスではない気がする。都合のいい時だけ軟弱になっているような。これもあくまで憶測です。繊細な人が多いのは事実ですが、それに乗っかったままでいるのは甘えでしかありません。後者のお話は、要は企業がイメージだけで売っている気がしてならない。内面も見た上で決めているとありましたが、見た目10割って、どうでしょう。もちろん内面を見た目で見せるというのはコミュニケーションでは大事ですが、それこそネコかぶりがあるわけだし。そのイメージ戦略だけに頼ってダメになった企業も、長年の歴史で多数あるというのに。日本の商売人は学習能力が無いのか?と首をかしげてしまう。同じことばかり繰り返してしまうのが、人間の宿命だろうか。

 ココロさんも「楽しい記事が増えると花が咲く」と言っておりましたが、私も枯れ木に花を咲かせたいものです。上記のような記事ばかり書いていると、土壌も育たないことは承知しているのですが、たくましい土壌を育てるには、こういうのも必要だと思っています。きれいな水に魚は住まない、というように、温室育ちのきれいな若者ばかりだと、免疫能力が無くて、長持ちしないのと一緒です。いずれ死に行くのが人間、ならばこれから先残されたものがたくましく生きられるよう、そして良いものを少しでも多く残していきたいものです。

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罪状も個人情報というのは辛いモノ

 今日はあまり冴えません。今日はココロさんが記事を書いてくれましたので、ほどほどに。今日はココロさんに「女の子を褒めるのがマナー」とか教えてもらったりしたのですが、今日は残念ながら出番がなさそうです。また機会を改めましょう。ニコ動では一部の画像が削除され、amazonでは個人情報が流れたようで、和歌山県旧美里町では裏金がらみのなにやらがあったようです。iPodやらハロゲンやらの発火とかもありました。痴漢冤罪も深刻です。あれは被害者以外が悪質だ。痴漢被害を訴えるのは悪いことではないのですが、そのせいで冤罪が増えているのもまた事実。もっと問題にしてもいいと思います。今日はあまりいいニュースがありません。いちいち反対しかしない野党も人格疑いたくなります。日本が暗いのは政党のせいですか!?それとも官僚!?それとも企業!?果ては・・・おっといけねえ。これ以上言おうものなら後ろからバッサリだ。

 明るい話題と思いつつも、提供されたのは宝くじと上地雄介。私の範疇外だ。業務上おバカには興味ありません。宝くじは基本当たらないように出来てるので、買わないことにしています。totoもBIGも例外ではありません。希望的観測をするよりも、まともに働いて貯金した方がいいとも考えるのですが。ただし銀行とかには頼らずに。

 ココロさんもがんばってくれてますが、ニュースがこういうものしかないのであれば、書く方も暗くなるというもの。それはブログ妖精のせいでは決して無い。報道機関のせいか?といっても、不幸なニュースしか望まない民意に責任あります。結局人間の問題か。アニメとかでもそういうものを皮肉った内容は多いのですが(最近では「ヤッターマン」がその代表格か?)、それも規制されつつある昨今。作品というものは誰のためにあるのか。断じてカネのためではない!さて、暗い状況ほど良く吠えてしまうようです。このあたりでやめておこう。

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技術の発達もいいが、やはり人間の発達が重要なのかも

 本日はお日柄も良く、少し疲れました。花粉も黄砂も飛び交ってますが、何故かあまり実感が沸きません。昔はひどかったのですが。

 今日はスペースシャトル「エンデバー」の話題が多いことでしょう。今回打ち上げに成功したわけですが、シャトルの打ち上げというのは、ホントに失敗の連続だったわけで、これまでにどれだけの予算が…。こういう技術開発に使われることには反対しませんが、これが実用化されても、「ガンダム」の世界が実現されるのはいつの日か。

 横では老人介護のお話が聞こえてきます。さっきは「児童ポルノ」の話を聞いてました。このあたりも、述べたいことはいろいろありますが、波紋を呼ぶのでやめておきます。なお、今日読んだ本には「子育て」のことが書かれていました。やはり大人(親だけではない!)と子供には、眼と目で通じ合い、肌を触れ合うことが大事であるということでした。ネットで遠くの人間と繋がるようにはなっても、身近な人間と触れ合わなければ、いつまでも閉塞感が募ってくる、といった内容です。いま親となっている人たちも、現在の子供たちと同じトラウマを抱えています。そんな人たち(特に子を持つ大人)を対象にした自立支援も行われつつあるという文脈で括られてましたが、これがもっと発達してくれれば、と願うばかりです。それはともかく、今日はココロさん、よく働いてくれてます。訪問者のチェックまでしているとは!?ブログ妖精の世界もいろいろなブームがあるそうで。ココロも成長しますが、まずは家主の精神的成長が最大の命題かと。ココロも、家主が愛情をかければよい成長をしてくれます。人間の子供もそうです。ココロとのやりとりも、上記のことと無関係とは言い切れません。

 それはともかく、ウチのザク、ある程度のメドは立ちました。いつ作業しようかな。コスプレも作らないとイカンし。とりあえずはゴールデンウィークかしら?

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